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リベラリスト 白川勝彦の 永田町徒然草 なに、10月3日解散だと・・・!?

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麻生太郎氏も舐められたものである。本人が総裁選で全国を飛び回っているというのに、自民党と公明党は10月3日解散、10月14日公示、10月26日の総選挙という日程で合意したという。もちろん、麻生氏の意見を聞いてのことだと思うが、そうだとすれば麻生氏はその愚かさを世間に晒したことになる。

その理由はこうである。総理大臣というのは、ある種の神様なのだ。独裁体制における権力者・軍事政権における政府は、物理的力で国民を押さえ付ける。それは可能ではあるが、著しく体力を消耗する上に、コストが高すぎる。権力者たちは、知恵を凝らして、もっと体力とコストを要しない支配体制がないかと考えた。カリスマはこうして出現した。王制であろうが、絶対君主制であろうが、天皇制であろうが、はたまた共産党の一党独裁制であろうが、カリスマを創設しカリスマが統治する体制である。民主体制の大統領や首相は、民主的手続で選出されたカリスマなのである。

カリスマ性を否定したら、あとは力で国民を押さえ付ける途を辿るしかなくなる。軍事力・警察力で武装した統治形態である。この統治形態は、強力な組織と膨大なコストを必要とする。近代憲法は、大統領や総理大臣を選出する手続を定め、カリスマ性を付与する手続法でもあるのだ。「解散は総理大臣の専権事項だ」と自民党も公明党も口酸っぱくいってきた。この種の専権事項は、総理大臣にカリスマ性を付与する装置なのだ。

総理大臣の専権事項といわれても、実際に解散権を自由に行使した総理大臣など数えるほどしかいない。解散権を自由に行使した数少ない総理大臣の一人が吉田茂首相だった。三木武夫首相は、解散権を行使できなかった総理大臣であった。しかし、総理大臣になる前に解散権の行使を決められた総理大臣は、数日後に総理大臣となる麻生氏だけである。自公“合体”政権は、政治の基本原理がまったく分かっていない。参議院選挙で歴史的大敗を喫しても、総理大臣を続けることができると考えた安倍首相は愚かであるが、それを是認した自公“合体”政権の馬鹿さ加減も相当なものである。これを超える愚挙が今回の日程の露呈である。

政治であれ、経済であれ、原理原則を無視することはできない。必ず頓挫する。麻生首相が誕生する前に、総理大臣の専権事項である解散日程を決めるとは何事か。総理大臣になる前に麻生氏が解散を決めたとしたならば、僭越至極である。麻生氏は、反民主的政治家であることを自ら暴露したのである。彼らは愚かなのではない。本気で軍事力・警察力に頼ってこの国を統治しようとしているのではないか。

議会政治、民主政治もアウトになる

(公明党が)自民党と連立政権を組んだ時、ちょうどナチス・ヒットラーが出た時の形態と非常によく似て、自民党という政党の中にある右翼ファシズム的要素、公明党の中における狂信的要素、この両者の間に奇妙な癒着関係ができ、保守独裁を安定化する機能を果たしながら、同時にこれをファッショ的傾向にもっていく起爆剤的役割として働く可能性を非常に多く持っている。そうなった時には日本の議会政治、民主政治もまさにアウトになる。そうなってからでは遅い、ということを私は現在の段階において敢えていう。

非常に難解な表現であるが、公明党を抱え込んだ政権の危険性を指摘しているのである。これは『創価学会を斬る』の中で、藤原弘達氏が述べている予言である。今回の解散総選挙の日程の露呈は、“日本の議会政治、民主政治もまさにアウトになる”兆候そのものなのである。政治通ぶってこの解散総選挙の日程を前提に政治を論ずる者は、政治を語る資格はない。麻生氏や自公“合体”体制が、反民主的・ファッショ的であることをまず糾弾しなければならないのだ。こんな反民主的・ファッショ的な政治勢力に負けてはならない。日本国民の名誉に懸けて!!

それでは、また。

* 08年09月19日 02時52分AM 掲載
* 分類: 5.憲法問題

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