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「男の見栄ってやつだ。笑ってくれ」

向田邦子『あ・うん』p141、新潮文庫
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■■メールマガジン「PUBLICITY」No.1787 2008/09/15月■■


▼9月1日に福田首相が辞任表明して、2日付の新聞にあれこ
れ論評が載っていたわけだが、その続き。

▼9月3日付の各紙をみると、毎日社説はまだ怒っていたが、
朝日社説は「自民党総裁選—「選挙の顔」より政策で」などと
いう気の抜けた見出しで、前日の「極めて異常、無責任としか
言いようがない」という怒りは完全に消えていた。


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福田首相の突然の退陣表明を受け、自民党総裁選の日程が10
日告示、22日投開票と決まった。24日にも新首相が誕生す
ることになる。

麻生太郎幹事長がいちはやく出馬の意思を表明した。麻生氏の
対抗馬にだれが名乗りをあげるのかが焦点だ。

1年のうちに2人の首相が続けて政権を放り出したことに、有
権者の多くはあきれ果てている。自民党からすれば、複数の候
補者によるにぎやかな政策論争で雰囲気を変え、出直したいと
ころだろう。
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なんなんだ、この無節操さは。そりゃ、日々書いてる人が違う
んだろうから、意見が違って当たり前だけどさ、それにしても
一貫性なさすぎだろう。

朝日は政治部の熱の入れようもすごくて、3日付1面には「首
相と麻生氏 二人きりの10分」なぁんて見出しがあった。

首相が麻生・町村に辞任を伝える時、町村官房長官が入ってく
るまでに福田首相と麻生幹事長とが二人きりだった時間が10
分あって、その10分に焦点をあてた見出しなわけだが、んな
こたぁ各紙に載ってる首相の動静欄をみれば誰にでもわかるこ
とだ。

そもそも既に前日2日付の讀賣夕刊に、その10分間で福田が
麻生に辞意を伝え、麻生が「早いですね」と答えたやりとりが
書いてある。なんでこんな些末な記事を1面に載せるのか。朝
日に限らない話だし、今に始まった話じゃないけれども、未だ
にさっぱりわからない。

▼さらに朝日は3日付1面で「あうん」の呼吸、という表現を
使い、なんと2面の記事にも再度「あうん」登場。翻訳不能の
言葉で政治解説を誤魔化すなっての。あうんの呼吸とは、福田
と麻生との関係を指すのではなく、自民党と朝日新聞政治部と
の関係を指すのではないか。ま、あうんの呼吸でないと到底生
き残れない世界なんだろうけれども。

みんな「あうんの呼吸」を知ってたんじゃね? でも、「あう
んの呼吸」を前提とするのなら、なんで福田辞任を「無責任」
と糾弾したのだろう。解せねえナ。

自民党の議員たちだって、「それしか生き残りの道はない」と
思ってたんじゃね? しかし、なんで「おわび行脚」をしたの
かね。それ以外の道はあったのかね。福田首相は「自民党を守
る」という目的のためにこれ以上ない、最高のタイミングで辞
任したってのに。解せねえナ。

▼いっぽう、東京新聞の3日付社説は「福田退陣自民総裁選び
へ 野党に委ね出直しが筋」と見出しを立てて、「首相退陣表
明を受け自民党の後継総裁選びが活発化した。「表紙」を変え
局面打開をもくろむ。その前に自問すべきだ。政権担当の資格
はあるのか、と」と、2日付に続いて3日付でもまだカンカン
に怒っている。スジが通ってますよ。

ただし、「総裁選を華々しく演出するだけの茶番劇で、有権者
の目をごまかすことはできない」との末尾の指摘は、ちと的外
れだ。福田辞任表明後、自民の支持率は上がり、民主の支持率
は下がり、小池小泉にかき回され、まさに今、ごまかされてい
るじゃないっすか。

▼大阪の橋下知事は、能や狂言のファンは恥ずかしい人間で変
質者だ、などという信じられない発言をテレビでぶちかますま
さに狂人で、能・狂言のファンであるぼくは彼のことを大嫌い
なわけだが、島田伸助とやしきたかじんのおかげで知事になっ
たような彼でも、極めて真っ当な事実を指摘する場合がある。

9月2日付の朝日夕刊では、彼の「なぜ自民党の皆さんが自分
たちのリーダーを全力で支えないのか」という発言が報道され
ていた。まったく同感です。

▼「あうん」の政局報道によって隠されているものは、何だろ
うか。

ぼくのお気に入りの雑誌「クーリエジャポン」には、次の二つ
の海外紙の記事が載っていた。(2008年9月号、p63)

・シンガポールの「ストレーツ・タイムズ」紙
「自民党の議員たちは、必要とあらば党首を代えることにため
らいがなく、首相が頻繁に代わることで日本の国際的な評価が
悪くなるとは考えていない」

・ロシアの「ブレーミャ・ノボスチェイ」紙
「福田は“組織の人”だった。就任当初は政権の安定を第一に
考え、終わりの頃は保身と功名心にこだわり、辞任も自民党と
いう組織のためだった」

「小泉自民党」では勝ったから問われず、「安倍自民党」では
負けても問われず、「福田自民党」とは誰も言わなくなって、
結局忘れられているのは、「小泉」「安倍」「福田」を担いだ
「自民党」という存在の責任であり、体質である。

これ、前にも書いた覚えがあるのだが、たとえば、「安倍自民
党」とは、「安倍が率いる自民党」という意味ではなく、「安
倍を担いだ自民党」という意味だ。その仕組みはおそらく、「
この社会」の体質と骨絡みであるがゆえに、見えにくいのだろ
う。

自民党を支えてきたこの社会に、自民党の責任を相対化する言
論が乏しすぎるのは、道理なのかも知れない。

▼乏しいのは自民党の責任を相対化する言論だけではない、首
相の政治的責任を問う言論もまた乏しい。しかし例外はある。

9月2日付毎日夕刊に載った、鈴木琢磨編集委員による、福田
首相への手紙形式の記事は、外交面から福田首相の無責任を突
いた出色の記事だった。

「いまもあの味が忘れられません。福田康夫さん、あなたが自
民党総裁になる前々夜、とあるホテルの部屋で飲んだ缶ビール
の味が」と書き出し、「政権投げ出しは、戦後日本外交の真価
が問われる、北朝鮮による拉致問題の解決を放り投げたも同然
です。外交の福田が泣く。失望しきりです」と嘆く鈴木の筆致
は冴えている。そうだ、彼は「外交の福田」と言われていたの
だった! ぼくも忘れてた。

「昭和のサラリーマンを絵に描いたようなあなたに親近感すら
抱いていました」という期待が、「ひょっとして、ひょっとし
て首相に就任以来、ずっと胸の奥深く、こう感じていたのかも
しれません。面倒くさくなったら、いつでも辞めればいいや、
と。そして、自身への言い訳は、そもそも政治家なんかになり
たくなかったんだしね、でしょうか」という幻滅へと変わった
鈴木の心の揺れが、率直に表現されているにもかかわらず、こ
の記事が朝日的な陳腐な政治随想にならないのは、彼が「外交
はしばしば内政の延長線上にある」という原則を踏まえている
からだろう。

この原則からは、必然的に「世界の中のニッポン」を認識する
力が求められる。ニッポンのマスメディアには今、その力が問
われているということ自体を認識する力がないのかも知れない。


▼飯尾潤の名著『日本の統治構造』に次のような文章がある。


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実際、長らく政権政党が自民党であることを前提として、衆議
院選挙とは関係なく自民党総裁選挙で首相が交代することが普
通であり、それが常態化したために、「議院内閣制では、首相
選任に有権者が関与できない」といった誤解が一般化した。

「派閥の力学」による首相選任を床屋政談として楽しむことは
あっても、民主政における首相選任の意味は忘れられ、議院内
閣制の原理への間違った解釈が広がるのである。

ただ、首相に選ばれた者は、最高権力者の責任感から、それま
での自己利益や派閥利益よりも国益の実現へと関心を移すこと
が多かった。議院内閣制についての誤解が広がっているにもか
かわらず、「国民に向かって仕事をする」首相が意外に多いの
は事実である。

飯尾潤『日本の統治構造』p23、中公新書
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あまりにも当たり前のことなんだが、この「最高責任者の責任
感」の欠落が、福田辞任の「政治的」意味だ。だったら逆に、
「意外」にも国民のために働く首相が多かったという、その理
由は何だったのだろうか。そこに福田辞任の「社会的」意味も
生じよう。興味が赴く。

そこんところを解いていく鍵もまた、「自民党」という組織の
崩壊の中に隠されているのだろう。

しかし、自民「党」の責任、体質を問う知的作業はかなり難し
い。なぜならニッポンの政党政治は、自民党、民主党、公明党
、どの政党の政策をみても実に様々な主義主張の人間が混在し
ており、もともと政党としての「自律性」(その党がその党で
ある理由)が甚だしく柔(やわ)いからだ。

繰り返しになるが、自民党の崩壊はニッポン社会の崩壊と多く
の部分がダブるから、多くの人がそこは直視したくない。実は
そこが本来、知識人の出番で、この「自民党」から焦点がぶれ
ることなく論陣を張り続けている人の一人に、山口二郎がいる。

▼福田辞任は、もちろん「自民、公明両党でつくる連立政権の
事実上の破綻」(東京新聞社説)を現しており、同時に、「ニ
ッポン的内閣制」の破綻を現しており、さらに同時に、「この
社会の破綻」を現している。

ゆえに、この社会で政治的活動を行おうとしているすべての人
にとって、この「破綻の後先」を辿ることが重要であり、辿る
鍵は、やはり「小泉自民党」の誕生にあると思う。

本誌でも紹介したことのある逢坂巌さんには、安倍でも福田で
もなく、ぜひ小泉政治の政治的意味をもう一回分析・統合して
いただきたいところですね。大変だろうけど。

▼福田は、到底笑えない男の見栄でニッポンを放棄した。すべ
ての政治部の男たちは、己の見栄を捨てて、恥をしのんで、自
民党の「破綻の後先」を辿るべきである。

そのためには、ここ数年の悪政によって苦しむようになった人
々とこそ息を合わせ、その取材の場でこそあうんの呼吸を得る
べきである。その努力が、かつてこの社会を支え、いま苦しん
でいる老人たちに敬意を表する仕事になるのではないだろうか。

2008年の敬老の日に、そういうことを考える。


freespeech21@yahoo.co.jp
http://www.emaga.com/info/7777.html

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